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2015.07.25 Saturday

曖昧が腰を上げる。


今年の5月に、マクロビの西邨マユミさんが訪ねて下さいました。
只今、制作されているDVDの中で一部、僕の器を使って下さる事に、
その中で対談もさせて頂く事になりました。

世界で活躍する西邨マユミさんが、あまりにも自然体で、場に馴染み、普通の姿で目の前に存在している。
僕はその在り方に嬉しくなり、温かい気持ちになる。
一人の人として対等にその場に立つ姿に、惹かれているのがよく分かりました。
存在を確認仕合う瞬間でもありました。


ご縁を作って下さった菜音の菅原さん蕁
一言では語れない、素晴らしい方。
同い年という事もあり、いつも良い刺激を頂いています。
有難いご縁に感謝いたします。




改めて、この話を書いているのは対談中でのやり取りに心残りがあったからです。
マユミさんから頂いた言葉。

「私の料理は食べてしまうと無くなるけど、器は形として残し、伝える事が出来る。素晴らしいと思います。」

僕の仕事を尊重して下さっての言葉だと理解していましたが、心遣いにお返しが出来ないでいました。
当たり前の話だけど、当たり前を本当は理解していない。


今になって思う事は、料理は食べると形を無くす。
モノがカタチを失う時。
五感を使い記憶として、人生の時間軸の中で共に過ごすことができる。
逆に、陶器のように形を維持するモノは、それ自体が記憶を持ちはじめる。
そして、そのモノとアクセスする事でいつでも記憶を呼び覚ます事が出来る。
僕が骨董が好きなのは当時を味わう事が出来るからだ。
共通するのは丁寧である事がとても重要だということ。


人に良い「食」
身体に沁みる食事は人生を豊かにしてくれる。
消えてなくなるからこそ記憶となり共にある事が叶う。

カタチをとどめる道具は愛着の持てるモノがいい。
大切な記憶を呼び覚ましながら、次の時代へ送り届ける事ができるから。

僕の中の曖昧がようやく腰を上げ始めた。

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